2009年11月13日

ブルーノ・マリオーニが引退表明


現在テコスでプレイするアルゼンチン人FW、ブルーノ・マリオーニが
今シーズンいっぱいでの選手引退を発表しました矢印緑
テコスはリギージャ敗退決定しているので、
今週末の最終節、対アトランテ戦が最後ということになります。

マリオーニは1975年6月15日生まれの34歳。
1995年に母国のニューウェルズ・オールドボーイズでデビューしてから、
実にいろいろなクラブを渡り歩いてきました。
ニューウェルズからエストゥディアンテスへ、
そして1998年にポルトガルのリスボンへ。
またアルゼンチンに戻ってインデペンディエンテ、
スペインに渡ってヴィジャレアルに、
またまたインデペンディエンテに戻るも、メキシコのプーマスへ。

メキシコへきたのが2004年で、
プーマスには4シーズン、2年間いたんですね。
そして最初のシーズン、2004年閉幕シーズンに、優勝もしています。
マリオーニはこのシーズンの得点王でもありました。
2006年開幕シーズンに、トルーカへ移籍。
しかしここではどうもチームメイトとうまく行かなかったようで、
このシーズンの得点王になるも、そのままチームを離れ、
いったんアルゼンチンへ戻りました。

でも半年でまたメキシコに。
今度はアトラスに入って、2007年開幕シーズンはそこそこでしたが、
その後歳の衰えが見えてきたかも。
2008年開幕シーズンはパチューカにレンタル、しかしここでもフィットせず。
またアトラスに戻っても不満はくすぶり続けたようで、
ラボルペ監督との衝突もあったようです。
結局袂をわかってテコス・エストゥディアンテスへ完全移籍。

ベテランの風格はありましたが、攻撃力は衰えていました。
いい引き際だろうと思います。

ところで、履歴を調べていて初めて知ったんですが、
ブルーノ・マリオーニ、最初にデビューしたころは
ブルーノ・ヒメネスという名前だったそうです。
ヒメネスってメキシコサッカー界には多いので、マリオーニになってよかったね。
とは思ったものの、それが理由で改名したわけでもなさそう……?

と思っていろいろ読んでいたら、ヒメネスというのはお母さんの姓らしい。
お父さんはブルーノが小さいころからお母さんと折り合い悪く、
子供たちともあまり会わなかったようです。
そしてこのお父さんはまた、実の親とも面識のない天涯孤独な人だった、みたい。
ところがあるとき、電気技師としてラ・パンパへ出かけていったとき、
ある老人と偶然知り合った、それがルイジ・マリオーニで、
ブルーノのお父さんのお父さんだったと判明した、らしい。
親子の再会によって、ブルーノのお父さんはマリオーニというイタリア系の名前を得、
孫であるブルーノもそちらの苗字に切り替えたのが1999年だとか。

イタリア系の名前を持っていると欧州に行きやすくなるのは
メキシコでもボルゲッティの例で明らかですね。
まあでもマリオーニは結局メキシコが一番合ってたのかなあ。

引退表明の会見でも、メキシコに感謝していると、
丹念にすべてのクラブと関係者の名前を挙げていました。
引退後はどうするのか知らないけど、
ともかくお疲れさまでした〜。


タグ/・テコス引退
この記事へのコメント
http://www.mediotiempo.com/futbol/mexico/noticias/2009/11/20/marioni-con-empresarios-presenta-proyecto-para-comprar-al-atlas

マリオーニがアトラスを買い取ることを考えているそうです。
12月3日に決まるとのこと。
そうなったら、ラボルペが監督になることはもう二度とないですかね。
すでに今の段階でその可能性はもうなさそうだけど……。
よかったのか悪かったのか。
追記  2009年11月20日 22:56
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